駅弁大学(えきべんだいがく)とは、太平洋戦争後のGHQ指導下で行われた学制改革により、「一県一国立大学化」が実現され、各地方に国立新制大学が急増した状況に対する評論家の大宅壮一(1900~1970)の諷刺から派生した言葉である。昭和年間にはしばしば蔑称として使われたが、現在は死語。