天皇の一覧
天皇の一覧(てんのうのいちらん)は、日本の歴代天皇の一覧。明治時代に今の形に改編された。
歴史学においては、1~9代は実在ではない可能性のある神話上の天皇とする。 14代までをそう扱う説もある。 2~9代を系譜のみで事跡がないという意味で欠史八代という。
明治時代の歴代天皇の変更
明治以前の歴代天皇は、現在とはいくらかちがっていた。明治時代に歴代天皇の変更が行われた。
- 明治以前は神功皇后を15代天皇と数えていた。
- 大友皇子は天皇に数えていなかったが、即位が確認されたとされ、明治3年に「弘文」と追号した。
- 47代淡路廃帝に明治3年に「淳仁」と追号した。
- 九條廃帝は天皇に数えていなかったが、明治3年に「仲恭」と追号した。
- 明治44年に明治天皇の命令で、南朝3代を天皇と認め、従来の96~100代の天皇を北朝とした。
- 南朝の義良親王は天皇ではなかったが、即位が確認されたとされ、「後村上」天皇とした。
- 南朝の寛成親王は天皇ではなかったが、即位が確認されたとされ、「長慶」天皇とした。
- 南朝の熙成親王は天皇ではなかったが、即位が確認されたとされ、「後亀山」天皇とした。
以上、廃帝以外の天皇は即位していないという説も根強い。 神功皇后を天皇から外し、大友皇子を天皇に入れ、南朝を正統としたのは、『大日本史』を受けてのものである。
- 凡例
- この表は、明治時代に歴代天皇として認められ、現在広く知られている天皇たちの一覧である。
- 日本にグレゴリオ暦が導入された1873年以前の表中に示された年月日は、その時々に用いられていた太陰太陽暦による和暦の年月日のうち、年をキリスト紀元に換算していながら月日をそのままに残したものである。従って西暦(ユリウス暦・グレゴリオ暦)の日付とは異同があり、年末の日付を持つ年月日の年はその日に対応する西暦の年とは異なる場合があることに留意ありたい。
- 後世になって編纂された記紀を除いて歴史書が存在しない6世紀以前の天皇の事績については疑問が残されているが、ここでは記紀の記す在位の年代を採用する。
- 在位の欄には、50代桓武天皇以前の天皇は即位の日付を、即位に先立って践祚した51代平城天皇以降の天皇は践祚の日付を示す。
付
- 日本武尊 - 14代仲哀天皇の父。『風土記』において「倭武天皇」と記す例がある。
- 神功皇后 - 15代応神天皇の母。古くは歴代天皇の一人に数えられた。
- 菟道稚郎子 - 応神天皇皇太子。「宇治天皇」と播磨国風土記にある。
- 市辺押磐皇子 - 履中天皇皇子。顕宗天皇の父。播磨国風土記に「市辺天皇」とある。
- 飯豊皇女 - 履中天皇の娘(異説あり)。清寧天皇の死後、顯宗天皇・仁賢天皇が皇位を譲り合っている間、天皇としての政務を行っていた。扶桑略記などに「飯豊天皇」とある。
- 蘇我馬子・蘇我蝦夷・蘇我入鹿 - 大臣。邸宅は「宮門(みかど)」と呼ばれ、子は親王に準じた扱いを受けた。
- 聖徳太子 - 日本書紀では「豊聡耳法大王」、「法主王」と記す例がある。
- 間人皇女 - 孝徳天皇の皇后、舒明天皇の皇女。斉明天皇の死後、天智天皇即位までの間即位していたとする説がある。万葉集の「中皇命(なかつすめらみこと)」は間人皇女のこととされる。
- 道鏡法王 - 769年、皇位に就くべしとの八幡神の託宣を受けるが、偽託宣であった。
- 塩焼王 - 天平宝字8年(764年)には、『恵美押勝の乱』で、恵美押勝から「今帝」として擁立される。併し、朝廷軍の前に恵美押勝軍は敗北、逃走中に捕縛され斬殺される。
- 草壁皇子 - 皇太子で、42代文武天皇の父。即位前に病没し、「岡宮御宇天皇」を追尊。
- 舎人親王 - 47代淳仁天皇の父。子の即位により「崇道尽敬皇帝」を追尊。
- 施基親王 - 49代光仁天皇の父。子の即位により「春日宮天皇」を追尊。「田原天皇」とも。
- 早良親王 - 50代桓武天皇の廃太子(785年没)。800年、「崇道天皇」の尊号を受ける。
- 平将門 - 桓武天皇玄孫。940年、八幡神の託宣により「新皇」に即位するも同年敗死。
- 小一条院 - 1016年、東宮。翌年東宮を退くも、院号宣下を受け太上天皇に準ずる。
- 守貞親王 - 86代後堀河天皇の父。太上法皇、「後高倉院」になって院政を執る。
- 恒良親王 - 後醍醐天皇の皇子。後醍醐が吉野へ逃れる際に一時的に皇位を譲られるが、南朝の成立により無意味となる。
- 足利義満 - 室町幕府3代将軍。上皇に準じた待遇を受ける。以降の将軍も含め、明より「日本国王」の冊封を受ける。一説に太上天皇の宣下を死後に受けたとも云う。院号「鹿苑院」。
- 伏見宮貞成親王 - 102代後花園天皇の父。生前に太上天皇尊号宣下、院号「後崇光院」。
- 中興天皇 - 後南朝の初代天皇。後亀山天皇の孫、小倉宮実仁親王の皇子。諱は尊義。嘉吉3年10月に即位したという。吉野北山に崩御。
- 自天王 - 後南朝の2代天皇。後亀山天皇の曾孫、中興天皇の一宮。諱は尊秀。奥吉野川上にて即位。長禄元年12月、赤松家の遺臣により暗殺される。
- 南天皇 - 後南朝の3代(最後の)天皇。後亀山天皇の孫、小倉宮実仁親王の皇子。諱は尊雅。長禄2年8月、赤松家の遺臣により斬られ、其の傷が元で熊野の光福寺にて崩ず。
- 西陣南帝 - 応仁の乱の際、山名宗全により擁立された南朝皇胤。名は不明。
- 誠仁親王 - 106代正親町天皇の東宮。即位前に死去。太上天皇、院号「陽光院」を追尊。
- 閑院宮典仁 - 119代光格天皇の父。1884年、贈太上天皇、諡号「慶光天皇」を追尊。
- 北白川宮能久 - 日光輪王寺門跡時代の1868年、奥羽越列藩同盟により「東武皇帝」に推戴されたとの説がある。
- 熊沢天皇 - 後亀山天皇第19世の子孫、南朝第117代天皇を称する。
- 璽光尊 - 戦後新たに天皇を名乗った人。元号を霊寿と改め、天皇や皇族、そしてダグラス・マッカーサーに自らの皇居参内を命じ、やがて金沢に遷都し、私造紙幣をも発行した新興宗教の教祖。
- 「欠史十代」‐24代「仁賢天皇」から33代「推古天皇」までをそう呼称する場合もある。冒頭で述べた「欠史八代」(または、「14代までを実在しない」とする諸説)とは異なり、「古事記」下巻の最終部に、ほとんどその間について「史実」として記述されていないことから、「古事記が正史でない」ことや、それが編纂されたとされる712年の時点で、それら天皇の在位期間中に「誰もが知っている様な内容をわざわざ書き記す必要性がない事」、または、「記憶や伝承として歴史的な大事件等がなかった為」などと解釈されている。
英語: List of Emperors of Japan
|
|