伊波普猷

意味・説明・定義・用語集

伊波普猷

百科事典から

伊波 普猷(いは ふゆう、1876年(明治9年)3月15日 - 1947年(昭和22年)8月13日)は、沖縄県那覇市出身の学者・啓蒙家第三高等学校を卒業した後、東京帝国大学言語学を専攻する。東京帝国大学では、橋本進吉小倉進平金田一京助らの学友とともに、新村出の講義を聴講している。沖縄県立図書館の館長を務める傍ら、沖縄研究資料の収集に尽力した。歴史学者の比嘉春潮とともに、エスペラント学習活動を、教会では聖書の講義などを行った。学問の領域は広大で、沖縄研究を中心に言語学、民俗学文化人類学歴史学宗教学など多岐に渡る。それらの業績を元にした学問体系として「沖縄学」が生まれる。おもろさうし研究への貢献は多大である。また、「沖縄学の父」の名でも知られる。琉球と日本とをつなぐ研究を行うと共に、琉球人=うちなーんちゅのアイデンティティの形成を模索した。「日琉同祖論」はその探究の一つである。民俗学者の柳田國男折口信夫人類学者鳥居龍蔵、思想家・経済学者の河上肇らと親交があった。そして、友人の東恩納寛惇が浦添城跡の顕彰碑に刻んだ「彼ほど沖縄を識った人はいない 彼ほど沖縄を愛した人はいない 彼ほど沖縄を憂えた人はいない 彼は識ったが為に愛し愛したために憂えた 彼は学者であり愛郷者であり予言者でもあった」と言う言葉が伊波を物語る。琉球・沖縄を考える人たち全ての立ち返る場所であり、また乗り越えるべき人物である。

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