ラーマ8世■
百科事典から
ラーマ8世は本名をアーナンタ・マヒドン王という。外国ではアーナンタ王、マヒドン王とも呼ばれる。タイの現王朝のチャクリー王朝の8代目の王。
ラーマ5世の孫で、ラーマ7世の甥に当たる。1925年(タイ仏暦2468年)スイスのハイデルベルヒで生まれた。 1928年(同2471年)年に初めてタイに帰ってきた。翌年に父親が亡くなると、兄弟三人でスイスのローザンヌで修学した。1934年(同2477年)ラーマ7世が退位するとタイの国会の決定で即位したが、すぐにスイスに帰り学業を続けた。 1945年(同2488年)に学業を終えると帰国する。しかし、翌年には「事故」で崩御した。 ボーロマピマーン宮殿で銃声したので駆けつけてみるとラーマ8世は死んでいたと言う。そのまま銃弾の暴発事故で片づけられそうになったが、警察が検死結果を元に他殺説を示唆した。ラーマ8世死亡事件捜査本部が設置されたものの結局それ以上の捜査は続けられず、責任をとって内閣は総辞職し、数人の王室関係者が処刑されたが、真相は未だ持って不明である。 不敬罪に接触する可能性があるので、タイではこの問題に深入りすることがいまなおタブーとなっている。 英語: Ananda Mahidol ■
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